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雑趣味

アラレちゃんは中学生か高校生の頃見ていた。
大学生のとき付き合っていた彼女がアラレちゃんに似ていた。
「んちゃ」は言わなかったけど見た目がとても似ていて可愛かった。
(画も上手だったので彼女が描いたアラレちゃん、いや自画像も可愛い)

ドラゴンボールは大学生のときに見ていた。
亀仙人とブルマのほのぼのとしたアニメかと思って見ていたが、それ以降のシリーズからガラッと変わった。

サイヤ人が出てきて、スーパーサイヤ人まで出てくる。
面白かった。
初期のドラゴンボールとそれ以降のドラゴンボールのギャップが何度思い返しても面白い。

子供が見て喜ぶようなアニメを、留年大学生がグダグダと見て喜んでいるんだから、その当時の自分は、
「こんな子供向けアニメ見て、毎回楽しみにして興奮しているようでは日本で最低の大学生だろうなぁ」
と思っていた。(だから誰にもこの話をしたことはない)

ところが、鳥山明の訃報が凄い取り扱い!

なんだ、みんな同じだったのか!?

中国政府すらコメントするくらい。

自分が面白いって思ったものはみんな面白いと思っているんだね。

そうそう、銀河英雄伝説も凄く面白いと思うんだけど、どうなんだろう?

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自分の人生の中で坂本龍一は大きな存在だった。

私は中学生の頃、YMOの音楽を聴いて音楽活動を始めた。
それ以前はピンクレディーとか普通の歌謡曲を聴いていた子供だったが、YMOを聴いて以来音楽の幅が一気に広がった。

そのときはYMOは一過性の音楽に過ぎず、もっと凄い音楽が出てくるだろうと思っていたけど、あとになって実はYMOが凄かったと言うことになっている。

自分も音楽の道を進もうと思った時期もあったけど、才能のなさと別の興味があってその道を目指すことはなかった。
けど、もし自分が音楽の道を進むのなら、教授が作るような音楽はまさに自分が作りたい音楽だったと思うことが何度もあり、、

心に響く音楽って言うのはたくさんあるけど、教授の音楽はなんだろう、心に響くというのはもちろん、自分が表現したかった音楽、いや音楽と言うより、心の響き、みたいなものを表現してくれた。


教授の音楽との出会い

最初は中学一年の時、文化祭で先輩達がYMOの演奏を見て感動したことがきっかけ。
当時の友人達と話をしてバンドやりたい、ということでシンセバンドを結成。
何も知らない自分たちはどうやって高価なシンセサイザーを手に入れるのか?
ということから始まり、自作でシンセを作ったりしたが、結局その先輩達からシンセを借りることになった。

バンド仲間の一人は結成前からYMOを知っていて、彼からは色んなYMO情報を教えてもらい、感覚の優れている人って時代の先を行っていたんだと今更ながらに思う。

教授の音楽を意識し始めたのは、その頃に放送されていたNHK FMの「サウンドストリート」だろう。毎週楽しみに聞いていたのはもちろん、デモテープ特集のときはカセットテープに必ず録音していた。教授のトークも大好きで、あの面白さは教授を好きな人にしか理解できない、とずっと思っている。

中学から高校に進学すると、やはりYMOをディープに知っている人が出てくる。
70年代の世界ツアーのライブのテープを持っていたのでダビングさせていただいた。
今から思うと、こんな貴重なテープを私がYMOに開眼する前から持っていたことに今更ながらに驚く。上には上があるんだなと。
でも、そういう人は数百人に一人いるかどうかのレベルだと思うので(当時は)、偶然の出会いにしても必然だったのだろうか。

大学に進学しても音楽活動を続けていましたが、初めて直接教授を目にしたのは未来派野郎の全国ツアーを見に行ったとき。(これが最初で最後になるとは)

私には音楽的才能がない、とわかったのが中学生の頃で、そのあとは完全な趣味。
それでも日本の音楽のアーティストでリアルタイムで一番共感し続けることができたのは坂本龍一でした。
日本には歌いたくなる曲、聴きたくなる曲はたくさんあるけど、
「自分だったらこういう表現をしたい」って思う音楽を描いてくれたのは教授しかいなかった。
この感覚ってわかる人っていると思うけど、少ないだろうと思う。
好きとか嫌いとかっていう話とは別次元。

教授の音楽と出会えて本当に良かったと思う。
自分が持っている感情を一番近い形で表現してくれた。

Last Days

教授が亡くなってから1年、NHKで教授が闘病しているときの映像が流れた。
癌になってからの教授を見るのは辛くて、しかも亡くなる直前の教授の姿を見るなんて・・・
と思ったが、恐らく自分も癌になる可能性が高いので、もし自分も闘病生活に入ったとき、教授が闘病している映像を見るときっと違うと思い、録画した映像を残しておこうと思う。
もし自分も同じような境遇になったときのことを考えると、教授は音楽を最優先に生きてきた。
だったら自分は何だろう?と思うが、、
きっと自分も教授が書くような日記を書きそうな気がする。
もし死ぬまでの時間が十分にあるのなら、教授のように自分の好きなものを回りに囲まれるような生活空間を作ってみたいと思う。


雑談。

大河ドラマは小さい頃に親と一緒に見ていた記憶があるけど、基本的にドラマは見なかい人なので当然NHKの大河ドラマには興味がなかった。

しかしなぜか「八重の桜」から大河ドラマを録画して見るようになった。
あとから気が付いたけど、教授が作曲していたんだね。
それ以来ずっと録画して大河ドラマを見ている。(ドラマ番組はほとんど見ないけど)


結論

言葉で表現するのは難しい。
何十年も付き合っていればそうなるよね。

余談中の余談

YouTubeを見ていると教授のコピーをしている若い人がたくさんいるけど、教授はどう思うんだろうか?
私からみたら凄いと思う。
私が凄いと思うんだから教授も凄いと思うんだろうな^^

でもこんなめんどくさい音楽を楽しんでいる若い人がいるって言うのは嬉しい。
教授も喜んでいるに違いない。
それだけで私は嬉しい。

でもでも、きっと教授はもっと屋って欲しいと思うだろうな。
だってコピーは簡単だから。


坂本龍一ベストは

やはり、Ballet Mecanique
ではないだろうか?



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と言ってもまずは近所の200m級の、ほとんど散歩ですが。
これまでは長距離バイクツーリングで日本中を走っていましたが、今の状況、旅を楽しむのも控え、ウイルスを気にしなくてもいい登山を始めました。
いずれ、時間と体力が許せば日本百名山をすべて登るつもりでいます。

これは突然思いついたことでは無く、20歳の頃に「定年退職後の趣味の一つ」として登山は考えていて、ウイルス騒動がちょうど良いきっかけになりました。(定年退職はまだ先ですが)

数年前までは林道ライダーで日本中の林道をバイクで走りまくってきましたが、林道走破と登山は近いところがあるのかな、とも思ってます。

林道走破は自然に近いところを走って行ける気持ちよさがありますが、登山はそれをさらに深いところへ入っていける魅力があるのかと思います。それに装備も共通しているところがあります。
長距離ツーリングで林道を走るときは、事故を起こすとその後のプランが台無しになるので、極力安全運転に努めますが、万が一のことが起こるとほぼ遭難状態になるのでそういうときの状況を考慮しながら準備はしています。

今のところ最悪の状況になったことはありませんが、かなり大変なことは何度かあったし、林道走破は今の登山ブームとは無縁なので、とにかく人がいない!という状況はよくありました。

林道走破と似ているところはプランの立て方でしょうか。
いかに欲張りに回れるか。でもリスクは最小限に抑え、みたいな。
バイクの場合だと体力よりも、路面状況はどうなのか?この天候で行けるか?このルートは行きたいけど無駄が多い、とかとにかくいつも悩ましかった。
登山になると体力という要素が加わるのでさらに難易度が上がるのでは?と思ってます。

今は近所の山ハイキングですが、少しずつ範囲を広めようかと思ってます。

今は市内の山の制覇、そして神奈川県の山を制覇。
その次はどこに行こうか?

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