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雑趣味

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自分の人生の中で坂本龍一は大きな存在だった。

私は中学生の頃、YMOの音楽を聴いて音楽活動を始めた。
それ以前はピンクレディーとか普通の歌謡曲を聴いていた子供だったが、YMOを聴いて以来音楽の幅が一気に広がった。

そのときはYMOは一過性の音楽に過ぎず、もっと凄い音楽が出てくるだろうと思っていたけど、あとになって実はYMOが凄かったと言うことになっている。

自分も音楽の道を進もうと思った時期もあったけど、才能のなさと別の興味があってその道を目指すことはなかった。
けど、もし自分が音楽の道を進むのなら、教授が作るような音楽はまさに自分が作りたい音楽だったと思うことが何度もあり、、

心に響く音楽って言うのはたくさんあるけど、教授の音楽はなんだろう、心に響くというのはもちろん、自分が表現したかった音楽、いや音楽と言うより、心の響き、みたいなものを表現してくれた。


教授の音楽との出会い

最初は中学一年の時、文化祭で先輩達がYMOの演奏を見て感動したことがきっかけ。
当時の友人達と話をしてバンドやりたい、ということでシンセバンドを結成。
何も知らない自分たちはどうやって高価なシンセサイザーを手に入れるのか?
ということから始まり、自作でシンセを作ったりしたが、結局その先輩達からシンセを借りることになった。

バンド仲間の一人は結成前からYMOを知っていて、彼からは色んなYMO情報を教えてもらい、感覚の優れている人って時代の先を行っていたんだと今更ながらに思う。

教授の音楽を意識し始めたのは、その頃に放送されていたNHK FMの「サウンドストリート」だろう。毎週楽しみに聞いていたのはもちろん、デモテープ特集のときはカセットテープに必ず録音していた。教授のトークも大好きで、あの面白さは教授を好きな人にしか理解できない、とずっと思っている。

中学から高校に進学すると、やはりYMOをディープに知っている人が出てくる。
70年代の世界ツアーのライブのテープを持っていたのでダビングさせていただいた。
今から思うと、こんな貴重なテープを私がYMOに開眼する前から持っていたことに今更ながらに驚く。上には上があるんだなと。
でも、そういう人は数百人に一人いるかどうかのレベルだと思うので(当時は)、偶然の出会いにしても必然だったのだろうか。

大学に進学しても音楽活動を続けていましたが、初めて直接教授を目にしたのは未来派野郎の全国ツアーを見に行ったとき。(これが最初で最後になるとは)

私には音楽的才能がない、とわかったのが中学生の頃で、そのあとは完全な趣味。
それでも日本の音楽のアーティストでリアルタイムで一番共感し続けることができたのは坂本龍一でした。
日本には歌いたくなる曲、聴きたくなる曲はたくさんあるけど、
「自分だったらこういう表現をしたい」って思う音楽を描いてくれたのは教授しかいなかった。
この感覚ってわかる人っていると思うけど、少ないだろうと思う。
好きとか嫌いとかっていう話とは別次元。

教授の音楽と出会えて本当に良かったと思う。
自分が持っている感情を一番近い形で表現してくれた。


YouTubeなどで検索をすればするほど、自分より凄い人がたくさんいる。
自分よりわかっている人がたくさんいる。

それでいいか。

でもYMO関連の良さって、わかる人にしかわからない良さがあるけど、それはすべての音楽にあることだから意味ないよな。


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